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林 信夫(はやし のぶお、1894年(明治27年)12月24日〔『新編日本の歴代知事』153頁。〕〔『人事興信録』第10版 下、ハ99頁。〕 - 1972年(昭和47年)11月16日〔『朝日新聞』(東京本社発行)1972年11月17日朝刊、23面の訃報より。〕)は、日本の内務・警察官僚、弁護士。官選県知事。 ==経歴== 和歌山出身。林治の三男として生まれる〔。第三高等学校を卒業。1919年、京都帝国大学法学部法律学科を卒業。内務省に入省し兵庫県属となる。同年10月、文官高等試験行政科試験に合格した〔〔『日本官僚制総合事典:1868 - 2000』225頁。〕。 以後、兵庫県印南郡長、長崎県理事官、埼玉県参事官、山形県書記官・学務部長、青森県書記官・警察部長、警視庁書記官・保安部長、岡山県書記官・総務部長、東京府書記官・総務部長などを歴任〔〔『新編日本の歴代知事』252頁。〕。 1937年1月、茨城県知事に就任。県民の負担増の抑制のため財政の立て直しと、緊急事業の実施に尽力。1938年1月、厚生省衛生局長に転じた〔。1940年4月、宮城県知事となる。仙塩総合開発計画を推進し、釜房ダム建設認可に尽力した。1942年10月、知事を退任〔。同年に退官し、戦後、公職追放となった〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「林信夫 (内務官僚)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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